第四回インタビュー: 防衛駐在官 山本一等陸佐、山下二等陸佐

本インタビューでは、陸上自衛隊山本一等陸佐、山下二等陸佐にお話を伺った。両自衛官は防衛の専門家として様々な方面から国防に携わってこられ、現在は在米国日本国大使館で防衛駐在官としてお仕事をされている。本インタビューでは、両自衛官のご経験、防衛駐在官の職務、そして自衛官としての国防に対する思いを伺い、また、在米国日本国大使館でお仕事をされている経験から、留学中の日本人学生へ向けてメッセージをいただいた。

Qお二人のご経歴についてですが、具体的には何をなさっていましたか。

A (山本一等陸佐)

私は防衛大学校ではなく、大阪大学工学部を卒業しました。そこでは卒業後企業に就職する人が多く、企業側からの募集と生徒のマッチングをするためのアンケートがよく行われていました。大学院に進むつもりでしたが、そのアンケートに答えている内に今しかできないことをしようと考えるようになり、戦車部隊の指揮官になろうと思いました。

一般大学から試験を受ける場合は、その時点で陸・海・空自衛隊で分かれており、陸上自衛隊を選びました。その後陸上自衛隊幹部候補生学校に入り、陸上自衛隊の中で戦車を扱っている機甲科に指定されました。機甲科は主に戦車部隊と偵察部隊を所掌していて、30歳手前までそこで活動していました。その後、東京にある陸上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程に入りましたが、本課程修了後は仕事の幅が広くなる分、戦車部隊にはなかなか戻れなくなりました。指揮幕僚課程修了後、札幌に戻りましたが、そこでは戦車部隊ではなく、地方協力本部という隊員の募集や自衛隊を退職する者の再就職支援、予備自衛官の管理などを行っている機関でPRの仕事をしました。学生の体験のサポートから就職セミナーでの展示ブースの開設・運営、隊員が事故を起こした際の報道対応などを行っていました。その後外務省の安全保障政策課への出向を経て、陸上幕僚監部の防衛課編成班に配置されました。編成班というのは、全陸上自衛隊員約15万人でどのような部隊を作りどこに配置するかなどを考える部署です。権限が大きくやりがいがある分、忙しい仕事でした。その仕事をしている時に海外の防衛駐在官の希望調査があり、ワシントンDCへ来ることになりました。ワシントンDCへ来る前に、ローマにあるNATO国防大学で半年間勉強する貴重な機会を得ました。様々な国の方やNATOと関係のある機関から来た方と日々議論することができ、防衛駐在官として勤務するための良い経験になりました。

(山下二等陸佐)

防衛大学校を卒業、陸上自衛隊幹部候補生学校を出ました。その後、職種に分かれる中で、陸上自衛隊の中でも後方支援として食料や物資を運ぶ、輸送という職種を選びました。それから30人程の小隊のリーダーや、更にその小隊がいくつか集まってできる中隊のリーダーを経験していきました。輸送の中で約10年活動しました。その後職種を超えた総合職の仕事に就くための試験に30代前半で合格し、陸上自衛隊幹部学校へ行きました。

卒業後はそれまでの輸送と全く違う仕事をすることになりました。例えば防衛省の広報部門で「MAMOR」という雑誌を2年間作ったり、陸上幕僚監部のスタッフをしたりしていました。今はワシントンDCに来て2年4か月くらいになります。

Q入隊した当時との自衛官という仕事に対する思いの変化はありましたか?

A(山本一等陸佐)

先述のとおり戦車部隊の指揮官になりたくて陸上自衛隊へ入隊し、希望通り戦車部隊に所属することができました。戦車というのはいわゆる歩兵と共に第一線で活動するに当たって様々な部隊との連携が不可欠です。その連携が上手く機能しなければ、作戦は成功しないでしょう。入隊当時と比べ、階級が上がるごとに単純には物事を考えられなくなりました。というのも入隊当初は、戦車部隊の役割に集中していましたが、階級が上がるに従い、様々な部隊、さらには地方自治体や関係省庁との繋がりをより意識するようになったからです。第一線部隊の成功にはたくさんの人たちとの連携と協力が必要なのです。

(山下二等陸佐)

私が自衛隊に入隊した理由は、元々、国連や海外青年協力隊などの国際的な仕事に興味がある中で、自衛隊も一つの手段ではないかと考えたからです。しかし、何年も自衛官として過ごすうちに自衛隊という仕事をやり抜くことが今や目的となり、その中で国際的な仕事に携わることが一つの手段と思うようになりました。

Q 防衛駐在官という仕事は具体的にどのようなことをしているのでしょうか?

A(山本一等陸佐)

防衛駐在官の仕事は、日米両軍の対話が円滑に進む為、いわばメンテナンスを行いよりよくする役割を担っています。具体的にはアメリカ合衆国の軍政府関係の情報を収集し、または日本の情報を発信するということです。特にアメリカの政府や軍の関係者との会合、会談などを通して、情報収集、情報発信をしています。しかし、軍政府関係者だけでなく、日米両国民に対しての情報発信も重要な仕事であり、日米関係の良好な関係を築くには必要不可欠です。

(山下二等陸佐)

私たち防衛駐在官は、大使館の中でも特殊な存在です。大使館に赴任するに当たって、私たちは一度、防衛省を退職するかたちで外務省の外交官として、こちらの在米国日本国大使館に赴任しています。他方で、他の外交官とは違って防衛駐在官は、米陸軍に認証を受けた特別な地位と権限を持ち、米軍と自衛隊の関係強化と情報収集に努めています。

Q 自衛官としての意識に関する質問ですが、個人としての思いと国家の利益のために働く上での葛藤などはありましたか?

A (山本一等陸佐)

私は、特にありませんでした。日本が良い状態であるというのは、自分や家族、友人の幸せに繋がると思っています。安全保障条約等に関して、批判が出ることもありますが、批判が出るというのはまともな国であるということですし、様々な意見が出るのは当然だと思っています。むしろ、自衛隊の駐屯地などがある場所は例外かもしれませんが、安全保障や外交に関心を持っている人は少なく、普段生活する上で日米関係を気にするということは稀なので、議論が盛り上がることはありがたいことかもしれません。ただ、東日本大震災の際には、自分の家族も被災しているという状況で、家族を置いて仕事に行くということに葛藤があった自衛官もいたと思います。そのような状況でもほとんどの自衛官が仕事に出て来てくれました。

(山下二等陸佐)

私が入隊した当時と今では、自衛隊そのものが劇的に変わりました。それに伴って、自衛官の葛藤の仕方も大きく変わったように思えます。冷戦時代の自衛隊の大きな役割は、十分に訓練をした状態で存在することそのもので紛争を未然に防止することでした。それはまるで、練習はするけれども試合にはでられないスポーツチームのようなものでした。自衛官にとって活躍する場がないことは平和を意味しているわけですから、当時はそれが幸せとして引退する葛藤があったわけです。ところが今は、国内外で自衛隊の活動の場が多様化、拡大の一途をたどっています。存在するだけでは、平和が保てない時代になったのかもしれません。したがって、現在の自衛官の葛藤は、失敗が許されない様々な実践に自らが晒されるということではないでしょうか?

Q 一般国民と防衛の専門家の意識の違いを埋めるためにどのようなアプローチが必要だとお考えですか?

A (山本一等陸佐)

日本でも自衛官がしていることをPRすることが重要だと感じます。ただ、母親の立場になって考えると、身の危険を伴うなか子供をわざわざ自衛官にしたいとは思えないという気持ちもわかります。それは自衛隊が本質的に持っているものでしょう。自衛官を志す方は、自衛官というものは、身の危険を顧みず、専心職務の遂行に努めるものだということを理解した上で、入隊してくれればと思います。一般国民が毎日安全保障のことを考えないといけない状況は不安です。そのような不安を感じないということが日本にとっては幸せなことなのだと思います。

(山下二等陸佐)

自衛隊に対する理解と協力を得る広報、そして、自衛隊が何をしていて、なぜ必要なのかを教える教育が重要です。一番まずい状態は無関心である一方、急に問題が起きたときにパニックになるということです。ですので、教育と広報は絶え間なく必要です。

(山本一等陸佐)

自衛隊に関して関心を持ち、知るということは正しい批判にもつながると思います。ですので、まずはきちんと自衛隊に関して知ってもらいたいと思います。

Q日本人留学生に向けて一言お願いします。

A (山本一等陸佐)

全力で頑張ってください。いい機会だと思うので遊びも勉強も全力でやって損はないと思います。若いうちはそれだけの体力がありますから。

みなさんも分かっているように英語はツールでしかありません。アメリカにいることで、日本についての自らの思いを考える機会が増えると思います。また、アメリカのみならずいろんな国の人の考えや背景をどんどん吸収できると思うので、貪欲に全力で前向きにいてください。忙しくて辛いことも出てくるかもしれませんが、前向きでいれば乗り越えられます。そして非常に良い場所、良い時期に良い機会を持っていると思うので繰り返しになりますが、全力で頑張ってください。

(山下二等陸佐)

自分の学部や学科のものでいいと思うので、日本人の少ないグループに入って頑張ることがいいのではないでしょうか。ワシントンDCの職場にはいろいろな国の人が集まっているグループがあり、そこを率いているのはイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ドイツ、カナダの人たちが多いです。そこで日本人でも頑張ることが自分のためになると思っています。そういったことを皆さんがすることは、留学しながら外交をしている、つまり国の地位を高めているのと一緒です。余裕があれば挑戦してみてください。

第三回インタビュー: 世界銀行 馬渕俊介氏

世界銀行 馬渕俊介氏 インタビュー

DSCN0439

 本インタビューでは、JICA、マッキンゼーを経て世界銀行に勤務されている馬渕俊介氏にお話を伺った。馬渕氏は現在多くの政府、国際機関が最優先・最重要事項としているエボラ出血熱の、世界銀行内の対策チームリーダーとして「世界規模」の課題に取り組まれている。
 馬渕氏は学生時代に文化人類学に出会ったことが、自分のキャリアを考える上での分岐点になったという。旅行などを通じアジア、アフリカ、中米の現地の人々の生活、文化に触れることで、日本人として将来開発に関わるというビジョンが明確になったと馬渕氏は語る。
 本インタビューでは馬渕氏の経歴の中でも、特に日本人学生の関心が高いコンサルティング業界について、そしてエボラ出血熱に対する世界銀行の取り組みの最先端について伺った。最後には日本人留学生に向けてメッセージを頂いた。

1 コンサルタントは問題解決屋さん

・コンサルタントというキャリア 

Q. コンサルタントとはどのようなビジネスですか?

簡単に言えば、経営コンサルタントは問題解決屋さんでしょうか。クライアント会社が経営課題を抱えているときに、課題の特定、根本原因の深堀り、解決オプションの分析・実行などを通じて、意思決定のサポートや改革の推進などを行います。コンサルティングファームに仕事を依頼してくる企業は、、成長過程にあり、さらに成長するために新しいビジネス領域の開拓をしている企業から、業績のV字回復を目指す企業まで様々ですが、共通しているのは、その会社が抜本的な変革期にあることです。。このように「問題解決」をサポートして生計を立てるわけですから、ビジネスとしてお金をバリバリ稼ぎたいというよりも社会問題に関心のある人が多かったですね。マッキンゼーは、問題解決が好きな人、公共マインドを持っている人が集まっているという印象でした。

Q. コンサルティングファームで働くことで得られるスキルは何だと思いますか?

一般に「問題解決能力」と言われると思いますが、問題解決能力といっても、イコール分析力というわけではありません。コンサルティングの依頼は、ある問題に白黒つけてくださいというものだけでなく、一緒に解いて結果を出してくださいという形のものも多いです。前者は分析力や分析から意味合いを抽出する力、コミュニケーション力などがものをいいますが、後者では、突破力―物事をうまく動かすために状況を読んで動かす力や常に先を読んで動く力、逆境の中でもめげない精神力―など、結果をだすための力を身につけることができると思います。例えば、私がマッキンゼーにいたときに経験したオーストリアの鉱山事業の案件では、まさに分析から実際の問題を突破するところまで経験しました。クライアントが新興の企業だったので、長い採掘・加工・発送工程の中で、どの工程の効率が一番悪いか誰もわかっておらず、各部長がお互いを責め合っているような状況でした。そこで、各工程の生産能力を定量化・可視化して、生産目標を妨げている原因を分析し、各部門・現場に責任を落として解決していきました。また、現場マネージャーとは鉱山オペレーションが始まる朝4時前から行動をともにして、効率的なミーティング方法を話し合ったり、マネージャーが信頼を得られるよう、ディレクターの前でマネージャーが輝ける機会を提供したりしました。実際に現場のトラックや掘削機に毎日のように乗りながら作業の効率性やオペレーション上の課題を把握したり、現場のワーカーとの議論も重ねました。経営コンサルタントは、現場の最前線から経営トップまでの間をダイナミックに動き回るので、現場の知見を経営判断に生かすスタイルも、身につけられるように思います。
    

・コンサルに関心のある学生に向けて。

コンサルを目指す学生さんは、考え方の訓練をするといいと思います。問題を特定、構造化して分析を深めるプロセスは特殊はスキルなので、コンサルティング業界に入りたいと思うのであれば、ある程度訓練すると助けにはなると思います。ただ、個人的には、経営コンサルティングが天職になるごく少数の人を除いて、コンサルティング会社に入ることが目的にはなってはいけないと思います。コンサルティング会社は他にやりたいことを成し遂げるために修行をする道場として使わせてもらうのがいいんじゃないでしょうか。自分の仕事人生をどうしたいのか、というビジョンを持たないままコンサルティングの仕事をするのはもったいないと感じます。実際に、自分の仕事人生に関するしっかりとしたビジョンをもっている人は、コンサルティング会社を卒業したあとに、そのスキルを生かしながら、とても面白い仕事をしています。私の場合も、国際開発の業界を変えるために必要なスキルを身につけることを目指してコンサルティング会社の門をたたきました。自分がやりたいことを自分で切り拓くことが、キャリアを考える上で重要だと思います。
    
2 世界銀行でのお仕事について:エボラ対策チーム

Q. エボラ対策チームのリーダーになった経緯を教えてください。

愛娘が生まれて、今後1ヶ月は子育てに専念しようかと思っていた時に、モルジブで休暇中のはずの上司から突然電話がかかってきました。その電話口でエボラのプロジェクトリーダーを依頼され、承諾しました。そのまま上司は休暇を取りやめて帰国し、二人三脚の怒涛の日々が始まりました。私よりもはるかに経験豊富なスタッフがほとんどな中で、私を最重要な仕事のリーダーとして選んでくれたのは、リベリアやシリアレオネの仕事を担当していて内情に詳しく、また過去にナイジェリアでポリオのプロジェクトのチームリーダーとして、緊急の仕事を記録的なスピードで早期解決させたことがあったからだと思います。このようなバックグラウンドがあったため、今回のエボラのように圧倒的なスピードが求められるプロジェクトをリードするのに適した人材としてみてもらえたのだと思います。

Q. 世銀のエボラ対策チームはどのような取り組みを行っているのですか?

エボラ出血熱の感染が広がっている西アフリカ三か国への緊急支援プロジェクトの企画と実施支援です。資金規模は、100億円超から始まって、3ヶ月の間に500億円まで拡大しました。エボラの感染拡大を防ぐための医療体制、予防体制の整備・拡大への資金援助をすることが私たちの役割です。資金援助では、ただ資金を提供するだけでなく、資金が感染拡大防止につながるよう、どの国のどの分野にどのようなやり方で援助をするのが最も早くて効果的か、政府や他の開発機関の情報や知恵を結集しながら決めていくのが世銀が提供できるバリューだと思っています。3か国にわたる資金供与の手続きを行うので、他のプロジェクトより大きな規模で活動しなくてはなりません。さらに、感染拡大を防ぐために、通常より早期に援助を実施しなければなりませんでした。過去に例のない特例をいくつも許してもらい、通常の5~10倍のスピードで最初の資金供与を完了することができました。大規模なプロジェクトで扱う課題も感染防止から感染拡大に伴う食糧不足への対策まで多岐にわたり、チームも100人近くに膨れ上がっていたため、最初はプロジェクト全体の進捗を把握することが困難でした。一方で一日の遅れも許されない状況で、非常に大きなプレッシャーの中での仕事でした。そのため、マッキンゼー組織のオペレーション改善に良く使っていた「ヒートマップ」を利用し、全体の進捗把握とボトルネックの迅速な発見、問題解決に努めました。それぞれのワークストリームの投資完了までのステップを書き切って可視化し、それぞれのステップの担当者を明確にして、予定通りは青、期限が迫ると黄色、期限より進捗が遅れると赤色、というように色分けをしていきました。これを毎日更新することでどこがうまくいっていないかを明確にすることができ、集中的な問題解決が可能になりました。異例のスピードでプロジェクトを進めるために、コンサルタント時代に培ったマネジメントノウハウをフル動員しました。

Q. 問題点、解決が困難な理由は何ですか?

エボラ問題の最も解決が困難なポイントはその複雑性にあると思います。保健医療サービスが未発達の国々でケースが発生してしまったために、感染者を早く発見、隔離して治療することが難しい現状にあります。また現地の人々が持っている習慣や政府サービスへの不信感といった要素も考えなければなりません。例えば、葬儀を行う際に、遺体に触れて哀悼する習慣があったり、外から来て患者の隔離や遺体処理の方法を押し付けるやり方への反発があったりします。。また、感染が首都に広がり、また地方にも拡散しているため、規模が小さなケースを想定した当初の隔離、治療モデルでは対処しきれない状況になってしまっています。コミュニティを主体とした早期発見、隔離、治療のモデルをいかに早く安全に広げていくことができるかが、解決の大きな鍵になっています。

3 留学中の君たちへ

Q. 留学中にしておいた方が良いことは何ですか?

日本社会ではできない突き抜けたことをしてほしいですね。人は経験の幅だけ成長します。大学時代は自由にいろいろなことができるとても貴重な時間なので、キャリアだけを単線的に考えるのではなくとにかく自分の器を広げることを意識した方がよいと思います。そうすることで他の人たちと違う「自分」というものが創られていきます。若いときの突き抜けた経験は、将来必ず自分の糧になり、個性になります。その個性こそが後になってとても重要になります。

Q. グローバル人材とはどのような人だと思われますか?

欧米的な仕事のやり方でも欧米人に勝てることは重要です。一方で、欧米と違う世界の多様な文化の中で自然と受け入れられ、愛されるスキルや性格を持つこともとても重要だと思います。その点、日本人であることはすごい強みになり得ます。責任感の強さ、仕事のきめ細かさ、相手の立場に立って同じ目線で仕事ができることなど、日本人が持っている特質は、グローバルにいい仕事をする上で大きな財産です。また、冷静さ、楽観主義なども特質の一つかもしれません。エボラの仕事は大ピンチも多く、プレッシャーもものすごいですが、そんな中でなぜいつも笑っていられるのか、冷静に仕事ができるのかわからない、と私は皆から不思議がられています。

Q. 生き方として常に意識していることは何ですか?

仕事をする相手一人ひとりの人を見て、その人たちの状況や想いを感じ取りながら仕事をすることです。そうすることは、仕事をうまくすすめる上で大切なだけでなく、仕事に豊かさや喜びを与えてくれます。人の気持ちに応える仕事を重ねていくと、ピンチのときに自分に返ってきます。何かのためというよりも、それが人として大事なことだと私は考えます。

===================================================================================================================
馬渕俊介氏

東京大学教養学部を卒業後、JICAに入構。ハーバード大学ケネディースクールに留学し公共政策修士号を取得。その後外資系経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーでの勤務、ジョンズホプキンス大学での公衆衛生修士号を経て、世界銀行に入行。現在はエボラ出血熱対策チームのリーダーとしてご活躍されている。
===================================================================================================================

第二回インタビュー : 国際協力機構 竹内元様

竹内さん写真1

国際協力機構 アメリカ合衆国事務所 所長

竹内 元さん

座論第二回インタビューでは、JICAアメリカ合衆国事務所長 竹内元氏にお話を伺った。JICA(国際協力機構)はODA(政府開発援助)の実施機関であり、竹内氏は長年中南米を中心としたODA業務に携わってこられた。本インタビューでは、日本のODAの実態やJICAの業務に関して、そして竹内氏のご経験を伺い、また、コロンビア大学(米国)に留学をされていた経験から、留学中の日本人学生へ向けてメッセージをいただいた。

日本政府のODAの取り組みと方針

・まずは、ODAとはどのようなものなのかという事を教えて頂けますか

ODAにはまず日本政府の政策という大きい政策があり、そういった政策は例えば経済成長戦略やアベノミクスとも関係があります。大きな政策は官邸や首相が決め、外交政策としてのODA政策を外務省が決め、その実施をJICAが行います。それがさらに細かく特定の国やセクターへの対策に分かれます。外務省が最終決定するにあたってJICAは必要な情報を提供したり、意見交換をしたりします。JICAは政府決定に従ってODA政策を実施していくことになるので、JICAの今年の目標はおのずと政府の掲げている援助の目標を実施するということになります。例えば、外務省が毎年作っている国際協力重点方針というものがありますが、これを実施する上で、JICA の内部で具体的な対策を決定します。今年度の重点方針は以下の通りです。

1.  日本にとって好ましい国際環境を作るためのODA

2.  新興国・途上国と日本が共に成長するODA

3. 人間の安全保障を推進し日本への信頼を強化するODA

・実際にプロジェクトを決定する際には、ODAの実施機関であるJICAと外務省、政府の関係はどのようになっているのでしょうか。

無償資金協力であろうと、技術協力であろうと、有償資金協力であろうとプロジェクトの実施を最終決定するのは政府です。しかし、 最初にODAのプロジェクトの種ができるのは援助対象国の現地である事がほとんどです。プロジェクトは多くの場合相手側の政府から提案され、まずはODAタスクフォースという現地での会議の場でプロジェクトについての相談が行われます。現地政府からアイデアを受け取った後、政府に提出するためのプロジェクト案として調整するために、JICAの現地事務所に日本大使館も加わり、そこでアイデアをある程度現実味のあるものにします。

そこで決定したアイデアは東京に送られます。その中身をJICA本部でチェックし、実際にそれをプロジェクトにすることができるかを考え、それから更に日本政府と相談します。我々はこの段階では情報を提供し、技術的な内容を確認するということを全部します。これはできそうですとか、こういう意義がありますという話を日本政府に持ち込んで、それを最終的に政府が決めるというような形になっています。最終的にはこれらの案件は政府が決定し、正式に日本政府のODAとしてのプロジェクトとなります。

ODAの目標や方針はどのように決定されるのでしょうか。

ODAには様々な方針があり、まず、ODA大綱というものがあります。これはODA政策でいうところの憲法みたいなもので、最も重要とされています。最近丁度この大綱が見直されていて、日本が軍事関係の組織に対してもODA供与を行うことが検討されているというような新聞記事も出ています。その次に5年ぐらいでかわる中期政策があり、その次に国別、分野別の重点方針という毎年作る方針があるという構造になっています。加えて、事業展開計画があり、それぞれの国ごとに5年先までどのようなプロジェクトが行われるのか決められています。

今後のODAの方針は、日本政府が今後ODAをどう活用していくかによります。 日本の国益を考えた上で援助を行うということが最近の傾向として明確になってきているように思えます。援助を実施している立場では、ODAの究極の目的は貧しい人たちをなくすということで、人間の安全保障の考え方が底辺にあると思いますが、その上で最近は日本と途上国両方の利益の追求という目的があります。その他、政策は社会情勢にあわせて変わります。

・では、日本はどのような地域でのODA事業に最も力を入れているのでしょうか。

累計的にみても日本のODAはアジアが中心です。日本はアジアの国の一つですから、技術協力、無償資金援助、有償資金援助の全てにおいてアジアが占める割合が一番大きくなっています。 技術協力と無償資金援助ではアフリカが二番目に多いです。有償資金援助はある程度資金を使えて返すことができる国に行うということからすると、アフリカは技術協力や無償協力が適しています。返せないからといって何もしないのではなく、無償資金協力や技術協力といった形で援助をします。

JICAの事業と組織について

・実際にJICAはどのように事業を実施しているのかという事を教えてください。

様々なパターンがありますが、ひとたび事業が始まるとほとんど各地域や国のJICA事務所がそれらの業務の監理をします。東京の本部は大きな変更があったりする場合の判断を行います。

JICAの 業務の分類としてはまず、「有償資金協力(円借款)」という、お金を貸すものがあります。そして「技術協力」では 、日本から日本人の専門家を現地に派遣して現地の人たちに様々な技術 を教えるという業務を行います。技術協力をするときは、人だけではなく、活動に必要な自動車やコンピューターなどの物と共に提供することもあります。「無償資金協力」というものもあり、無償資金というのはお金を返してもらわなくていい資金という意味ですが、お金をそのまま提供するのではなくて、物や設備で提供しています。例えば、日本企業が現地に行き、学校や橋を建設するといったものです。我々は大きくこの「有償資金協力」「技術協力」「無償資金協力」の仕事と、それに加えてさらに「緊急援助」と「青年海外協力隊」をしています。最初の3つの中でプロジェクトを考えたときには、ひとたび案件が決まるとほぼ現地のJICA事務所で進めることになります。もし何かあった場合には、東京の本部に相談します。

JICAは近年どのような事業に力を入れていますか。

最近特に力を入れているっていう意味でいうと、防災と気候変動関係のことに最近は力をいれています。特に最近東北で大地震があった事に加えて、日本はそもそも災害によく遭う国ですので、防災に関する技術が世界的に見ても進んでいます。そういった技術で世界にお返ししたいということで、JICAは防災分野の技術協力も結構行っています。

防災といってもいくつか種類がありますが、例えば地震なら、耐震建築等の技術協力や地震の情報をいちはやくキャッチして津波の予報を出すこと等の援助に近年は力を入れています。

JICAの組織内部について、中にはどのような部署があって、どういったように事業が分担されているのですか。

JICAにはたくさんの部署があります。JICAはもともとは国際協力事業団という昔のJICAと昔のJBICという国際協力銀行の中の有償資金協力を行っている機関が統合してできた組織です。そういった理由で、広い分野を扱っていることから多くの部署があります。

部署には、例えばアジアやアフリカといった地域を担当するものと、専門・技術を担当するセクター担当があります。例えばアジアのある国の事業を見ると、地域を見ているのは国担当のエコノミストですが、事業の技術面を担当するのは例えば農業の専門知識を持っている人になります。

プロジェクトを考えるときは、まず世界で90個ぐらいあるJICAの現地事務所にいる主に地域専門の人たちが相手の国の人たちと現地レベルで話し合って計画を立てます。その際、実際の技術や専門知識の中身を見るにあたってはセクターのそれぞれの専門の人に話を聞いたりもします。地域や国を見る人とセクターの人はお互いに情報を融通し、一緒にプロジェクトを考えて実行していきます。

・開発事業において、JICAと民間事業者ではどのように役割が違うのでしょうか。

民間企業は利益を得るために営業活動をしますが、我々はその事業が良い効果を生むことは考えていますが、短期的に利益を求めることは考えていません。短期的、金銭的な利益を求めているわけではないというところがJICAと民間の大きな違いです。我々は民間企業と競争しているわけではありません。

むしろ、日本の民間企業が海外で活躍してもらう土台を作るという事は、我々が業務としてやらなければならない事でもあります。開発途上国が発展して行くのに必要なお金は莫大なので、日本政府や他国政府から援助だけのお金では賄えなく、民間の人が入ってくれないと達成できない事も非常に多くあります。なので、援助国の経済活動に日本の民間事業者が入ってきてもらうためにはどういうことをすればいいのかということも我々は考えないといけないのです。例えば、制度がきちっと整備されていないと民間企業は危なくて投資できません。

我々の役目は援助することでもあるし、民間企業のお金が入っていけるようにして、それによって援助と同じ効果があがるようにするということでもあります。

・開発事業には専門知識が不可欠だと思いますが、JICAでは職員の専門性はどのようにして確保しているのでしょうか。

我々の業務には様々な専門知識が必要とされます。職員の採用にはいろんなパターンがありますが、新卒で採用される場合は日本の大学を普通に出た人が高い専門性を持っているということは稀で、実際に業務を行う上では、経済学部であろうが法学部であろうが学部レベルの知識では不十分です。そのため、業務に必要な専門知識はJICAに入ってから身につけてもらいます。そのために多様な研修の制度も存在し、基礎的な経済学などはその研修の時にやります。その研修以外のところでは、仕事しながらいろいろ勉強してもらうということになります。

また、所属している部署から他の部署への異動は必ずあります。文科系の人間も専門的なセクター担当の方に行くことがあり、例えば、保健、医療や技術関係の部署にも文科系の人が移ることは起こり得ます。ただ、回されるうちに自分の専門性が出来てきて、その軸を中心にして回されるようになります。例えば、私の場合は中南米地域という専門性を中心に回っています。

・治安の悪い地域での事業も避けて通れないと思うのですが、そのような場合、職員の安全性はどのようにして確保していますか。

本当に危なくなったらその地域から撤退しますが、日常的に安全が確保できるようにかなり努力しています。本当に危険な地域では日常の行動にも制約もかけ、がっちりガードされることになります。東京では全世界の状況をモニターしていて、どこでなにがおこっても24時間対応できるようになっています。職員が業務中に命を落とすような危険に遭遇するということはほとんどありません。昔、職員がゲリラに狙われてしまったケースが中南米でありましたが、そういうごく少ない例を除けば、重大な事件に巻き込まれるということはほとんどないです。

他機関との交流とJICAアメリカ合衆国事務所

JICAでは国連や世界銀行など、他の国際機関は連携があるのでしょうか。

JICAは、国連や世界銀行等の国際機関と頻繁に連携を取っています。つい先日も世銀の総裁が東京に行き、JICAの理事長と会合をしていますし、年に1回の世界銀行の総会の時には東京からJICAの職員がきて協議をする予定です。

そのようなイベント時ではなくても、個別の業務レベルでそれぞれの対象国で世銀の事務所の人たちと我々JICAの事務所の人たちが情報交換をするのは、実は日常的に行われています。各国ではドナー会合というのものがあって、そこにはもちろんドナーだけではなくて受け入れ側の途上国の方も参加するのですが、そういうところでの話し合いもしています。この様にいろんなレベルで、つまりプロジェクトを実施している現地でも、本部レベルでも、トップ同士でもJICAと世界銀行の連携はありますし、一緒にやった方がいいという案件があれば共同で事業を行い、世銀の方が進んでいるような案件があればそこから情報をもらったりしています。

・このJICAアメリカ合衆国事務所ではどのような業務を行っていますか。

まずこのワシントンDCにある事務所には先進国事務所という大きな特徴があります。JICAの事務所で先進国にあるのは実は珍しいです。アメリカ合衆国事務所は一つもプロジェクトを扱っておらず、その代わりに世界銀行やIMF、IDBといった国際機関との実務レベルの対話をコーディネートしています。また、DCにはシンクタンクがたくさんありますから、そういった機関との間で協力を行ったり、他の教育機関や研究機関のレクチャーを聞いて情報を送ったり、反対にそういうところで我々が話して情報発信をするということをしています。ここはニューヨークも管轄地ですので、ニューヨークにある国連本部で行われている議論を報告したり、実際に聞きに行ったり、参加したりもしています。

中南米地域へのODA―日本にとって特別な地域として

・中南米地域において、日本はどのようなODAを行ってきたのかを教えて頂けますか。

中南米地域は決して日本のODAで主要な供与地域ではなく、日本のODA支出の約6%~8%しか占めていません。しかし、中南米の国々は日本にとって特別な地域です。それは、日本に対して親日的な感情を持っており、且つあまり利害関係がないという特徴を持っているからです。アジアなどを見ても、そのような国は実は多くありません。いざという時に移民を受け入れてくれた国であり、日本人は現地でとても尊敬されています。中南米の国々は鉱物・食糧資源が豊富で、日本にとっては重要な国です。

日本はそれらの地域を着実に援助してきています。少し前までは環境問題に取り組んでおり、環境関係の円借款を出し、上下水道・水関係などの大きなプロジェクトなどを行っていました。農業関係におけるプロジェクトも昔から行っており、特にブラジルのセラード開発 (ブラジルの中央の砂漠を灌漑し、緑地化して食料の生産地域に変える)は非常に効果があったと思います。

現在日本に輸入されている鮭はチリで養殖されたものが多いのですが、これもJICAがチリで鮭養殖の技術協力を行い、それが現地で広まり、鮭はチリの大きな輸出品になりました。他にも日本の交番制度をブラジルに技術協力し、治安の改善に役立て、今度はブラジルの人達と共に他の国へ制度を広げるという三角協力も行っています。

・竹内様の今までのキャリアの中で、印象に残っている事業はどのようなものですか。

業務において印象に残っているものはやはり上手く進まなかったプロジェクトです。最近では、ボリビアの地熱発電の事業は、実際に計画がなされてから借款契約が結ばれるまでとても時間がかかってしまいました。この計画はボリビアの標高5000mに近い所に地熱発電所を作るというものでした。技術的に難しく環境的にも配慮が必要で、コストもかかります。さらに南米では未だ地熱発電が稼働している例がないこともあり、説明をするのが大変でした。また、現地で事業を担当している方が変わると考え方も変わってしまうような事態もあり、色々な困難にぶつかりました。。環境にやさしい地熱資源を活用してボリビアの電力エネルギー事情の改善に繋がると考えこの計画を立てたのですが、これらの問題を調整するのがとても大変でした。

JICA職員として働くという事

・そもそも、なぜ国際協力という現在のキャリアに進もうと思われたんですか。

もともと海外に出る仕事をしたいと思っていたのですが、日本の力を使って皆の為になるようなことをしたいと考えていました。公共性や社会貢献ということを考えた上で、ODAを通じて日本の経済力を使いながら、世界の国々に貢献できる様な仕事がしたいと考えたことが動機になります。

・業務を行う上でどんな事を日常的に心掛けていますか。

「どこを向いて仕事をするか」ということです。我々の業務の相手は常に途上国の人達なので、そのことを忘れず仕事をするということを心掛けています。また、上手く進まなかった案件が成功し、動く様になった時にやりがいを感じます。困難があってこそ、それを乗り越えられた時にやりがいを感じるのだと思います。具体的にはボリビアの案件に際して、相手を何度も説得し、最終的に相手側が説得に応じその案件が動くようになった時にやりがいを感じました。

学生に向けて

・「グローバル人材」という言葉がありますが、竹内様はどのようにその言葉を定義しますか。とりあえずある程度語学は出来なければいけないと思います。しかしそれだけで良いかというとそうではなく、色々な国の人達と話しをしていく中で、自分の意見をしっかりと言える人がグローバルな人といえるのではないでしょうか。日本人としてのグローバル人材ということになれば、日本人として自分の意見をしっかり持っている人になると思います。自分の意見を持っていないと議論すら出来ません。議論する為には言語が出来ないと進みませんが、その上で中身がないと成り立ちませんから。

色々な国の人達と話しが出来るようになり、それを通して自分の意見が持てるようになる所が留学をする意義だと思います。日本では日本人の人達としか話せませんが、アメリカでは自分とは違った文化で育った別の価値観を持った人達と話しをする事が出来るので、そういった意味で留学することは非常に貴重な機会になると思っています。

・最後に、留学中にしておいた方が良いことなど、留学中の学生に向けてメッセージをお願い致します。

最低限言葉をちゃんと話せるようになることは必要です。ただ話せるのと、きちっとした話し方が出来るというのでは全く違うと思います。我々の様に外国で仕事をするようになると、それなりにしっかり言語を話せないと駄目だと思います。さらにアメリカのことをよく知るというのも重要なことです。日本に帰国するとアメリカのことを聞かれると思います。特に日米関係はどんな分野でも重要になってくると思います。せっかくアメリカにいるのだから、英語を究めてアメリカについて知ること、この二つは留学するにおいて非常に重要だと思います。

第一回インタビュー:世界銀行 荻田聡様(交通専門官)

荻田聡さん

座論第一回インタビュー
世界銀行 交通&ICTセクター 交通専門官
荻田聡さん

東京大学工学部卒、東京大学新領域創成科学研究科国際環境協力コース修了。開発コンサルティング企業である株式会 社パデコの交通インフラ専門家として東南アジア、南アジア、中東、東欧に渡る15の途上国にてコンサルティング案件に従事。2009年よりハーバードケネディースクール公共政策学修士課程に留学し交通経済とインフラファイナンスを専攻。留学中にアジア開発銀行(マニラ)にてインターン。卒業後の2011年に世界銀行に入行し、ブラジルの道路プロジェクトへの融資案件を担当。

世界銀行に入行して3年、荻田聡さんはワシントンDCに位置する世界銀行本部、交通&ICTセクターにてブラジルの交通セクターへの融資案件監理、プロジェクト評価に従事されている。 日本の開発コンサルティング会社で交通インフラ計画の専門家として、世界の各地で開発事業のコンサルティングに携った経歴を持ち、これまで交通インフラの第一線で活躍されてきた。
本インタビューでは、荻田さんに世界銀行の主要なミッションと業務、世界銀行でインフラ事業に携わる事について、そして荻田さんが現在のキャリアを歩まれたきっかけについてのお話を伺い、最後に留学中の日本人学生へ向けてメッセージを頂いた。
※尚、本インタビュー記事は個人の見解であり世界銀行を代表するものではありません。



世界銀行とは何か

貧困解決と専門知識の提供

世界銀行では2年前に総裁に就任したジム・ヨン・キム総裁のリーダーシップの下、新しいミッションとして、Twin goals:2030年までに、
1. End extreme poverty (1日1.25ドル以下で生活している人)の割合を世界で3%以下に減らす、
2. Promote shared prosperity (各途上国の中での所得分布における最下層40%の成長を促す)
の実現を掲げています。これらの目標に対して世銀が取り組んでいる事は、「銀行」として資金援助(ローンと返済の必要のないグラントの両方のスキームがあります)をすることを通じて、開発途上国の方と一緒に開発の課題に対してどうアプローチすれば良いのか、どのようなプロジェクトを作れば良いのか、どのように実施すれば良いのか、といった専門性の高いアドバイスをすることです。
お金を貸す機関は民間銀行など他にもありますが、途上国の政府や企業は返済能力が弱く信用が無いとみなされ、お金を借りるのが難しい状況です。世界銀行はそういった途上国に低い利子で融資する、または資金供与します。もちろんそれぞれの国の財務力などに応じて貸出限度額を設けているので、大きな国(中国やブラジルなど)はたくさんお金を借りる事が出来ます。

プロジェクトの決定

私自身、世界銀行がどのようにプロジェクトが作られて決定されているのか入行するまではよくわかっていませんでした。入ってみてわかったのは、世銀は現地の政府と様々な人的なコネクションを持っていることです。現地政府の方々と日頃からどのような課題があり、どう解決していくか、お互いに意見を交換していきながら、少しずつプロジェクトが形になっていきます。最終的には世銀の理事会や相手国政府など高いレベルの承認が必要ですが、何をやらなければいけないのかをよく把握している現場レベルの人とのディスカッションがきっかけになることが多いです。


・世界銀行の組織構造

今年の7月1日に大きな組織改革がありました。改革の最大の目的はキム総裁が提唱したGlobal Practice、つまり世界の全地域をカバーしている世銀の強みを活かして、世界各地の経験や知識の共有を進めて開発にアプローチすることです。これまでは世銀は大きく6つの地域局に分かれており、その中でさらにセクターに細分されていましたが、7月からは18セクターに再編されました。私は現在、Transport and ICT (Information and Communication Technology: 通信情報技術) というセクターに所属しています。セクターとして分けることで地域を跨いだ仕事、例えばラテンアメリカ担当の人が東アジアの案件を同時に担当しやすくするのが狙いです。


・インフラ事業とは

インフラ事業の業務

インフラは上下水道、電力、道路や鉄道などをはじめとした生活に密着したありとあらゆるところに存在し、大雑把に言うと外を見て建物以外の人工物は全てインフラです。これらのインフラ整備は通常途上国の政府が主体となって計画、建設し、維持運営を行っていますが、途上国では資金不足で必要なインフラ整備が難しい状況です(先日キム総裁は途上国が必要とするインフラ投資は毎年100兆円と言及しました)。世銀の業務としては、自分たちで何かを建設することはなく、あくまで実施主体である先方政府に融資や返済の必要がない無償援助という形で資金援助を行いながら実施をサポートしています。土木工事が必要な場合は建設業者と契約しなければいけませんが、この契約も相手側の政府が行い、世銀が直接建設業者と契約することはあまりありません。どのように工事をすべきなどのアドバイスは行いますが、あくまでも世銀のクライアントである政府を相手に行います。またインフラの種類によっては民間企業が直接建設・運営することもありますが(例えば東京の私鉄など)、世銀グループの一つであるIFCがインフラを整備する民間企業にお金を貸し出すこともやっています。

インフラ事業の経済発展への影響

インフラ整備が経済発展に与える影響が非常に大きいことは説明するまでもないと思います。交通インフラの分野では、例えば道路利用者(運転者)の運転時間が短くなる、燃料が節約できるといった便益の計算をして効果があるとみなしたプロジェクトを実施します。一方で、個々のプロジェクトがどういうメカニズムで、どのくらいの影響を国や地域の経済発展に及ぼすかを定量的に評価するのはとても難しい問題です。例えば『このプロジェクトによって貧困率は何%減りました』ということは簡単には分かりません。そこで世銀では個々のプロジェクトの経済発展のインパクトを住民レベルで計測する評価方法を調査・研究を通じて模索しています。


・GDP世界7位、ブラジルでの事業

ブラジルは現在GDPで世界7位です。こういった発展している国と低所得国とでは仕事のアプローチは全く異なります。ブラジルのように発展していると民間企業の技術レベルも高く通常の工事は問題なくできるため、先進国で行われていることと同様のレベルのアドバイスが必要になっています。例えば、道路整備を行う際に防災や環境など他の分野とどう総合的に考えて政策を考えればよいか、などのテーマを掲げて技術支援をしています。


・世界銀行本部での業務

交通専門官として

ブラジル各地の州政府に対して道路改良や補修の為の融資プロジェクトを4つ担当しており、私の業務はこれらのプロジェクトのマネジメントです。世銀のお金を利用して工事や調査を行うためには多くの手続きが必要となり、それらがスムーズにいくように日々努力しています。世銀に入って3年目になりますが、インフラプロジェクトは多くの場合5、 6年はかかるので、担当プロジェクトは3年前とあまり変わっていません。
さらに技術面や政策面のアドバイスも行っています。例えば道路工事をする際、工事に対してお金を支払う代わりに、5年という長期に渡り道路が良い状態であれば支払いをするという契約に変えました。そうすることで建設会社も最初の工事をきちんと行い、さらにその後も常に道路を良い状態に保つインセンティブが生まれ、実際に道路の状況もかなり改善しました。世銀はこのような契約手法(Performance-Based Contractと言います)を積極的に推進しており、ブラジルやその他の国でも徐々に広がってきています。

言語の壁

実際に業務をする中で最も苦労した事はポルトガル語です。しかし勉強を始めると、英語と似ている単語もあり、さらに日本語と母音がほとんど一緒なので聴き取りやすい事に気づきました。今では仕事が何とか出来るくらいまで話せるようになりました。世銀に入って驚いた事は、多くの人が3~4カ国語を話せると言う事。国際機関で働くには様々な言語を話せることはとても有利です。
業務をする上で心掛けている事は、相手が何を考えているかを常に理解しようとすることです。外国人と仕事をする上で言語の壁やコミュニケーションバリアがあるのは当然です。これらを超える為には、一生懸命コミュニケーションすること以外にないと思いますし、それにより現地の人が本当に望んでいること、必要なことを理解することができると思います。
世銀における仕事のやり方については日本とそんなに変わらないと思います。自分が何をやらなければいけないかを理解して行動することは全ての仕事において共通している事です。もちろん慣習や行動で異なることはありますが、個人的には日本で仕事をするのとあまり違いを感じていません。


・開発、インフラ事業への興味、現職に至るまで

大学の時に1ヶ月間友達3人と中国の奥地へバックパッカーをした経験が、今私がしている途上国開発に興味を持ったきっかけです。旅行自体は死ぬ程大変だったんですが意外と面白く、これを機にバックパッカーにはまり東南アジアやヨーロッパを色々と巡りました。就活中は専攻が土木工学科だったこともありインフラ関係の仕事に就きたいと思っていました。ちょうどその頃日本では公共事業の削減が大きな政治テーマになっており、自分の仕事がどこで必要とされているかを考えた時に、貧困国でインフラのニーズがある所に行って仕事をする方が幸せだろうと思い、開発コンサルティングの仕事にしようと決めました。
8年間コンサルティング仕事をして感じた事は、専門知識や現地情報は豊富に持っているものの、それを実際にどのように実現するかという話になるとコンサルの立場では無力になることでした。なので、留学して経済やファイナンスなどを勉強し自分の視野を広げ、留学後は政策レベルでの意思決定ができる立場での仕事をしてみたいと思うようになり、世銀に興味を持ちました。
現在はコンサルタントを雇う側の立場ですが、開発コンサルティング会社でしていた仕事は今の仕事と関連しており、かつコンサルタントがどのように仕事をするか分かっているので、コンサルタント会社での経験はとても現在の業務の役に立っています。


・グローバル人材とは…?

実はグローバル人材という言葉があまり好きではありません。英語で仕事が出来ればそれでグローバル人材だという認識がどこかあるような気がするのですが、例えばアメリカで成功したからといって他の国でも成功できるとは限りません。私はブラジルで仕事をするうちにアメリカとは全然仕事のやり方が違うことに気づきました。他の国々もそれぞれやり方は異なるはずで、本当の意味で世界中どこでも仕事ができる人はいない、つまり文字通りの“グローバル”人材などいないと思っています。グローバル人材になることより、仕事のチャンスが与えられた時にそれが今までとは違う環境でも素早く順応でき、自分の可能性を広げられることがずっと重要なことだと思います。なので、抽象的なグローバル人材を目指すより、自分のやりたいことかつ自分の能力が発揮できる舞台に適応できる力をつける事がよほど大切だと思います。


・留学中の学生に向けて…

前職で15カ国の途上国で仕事をしていた事もあり、留学もなんとかなるだろうと軽く考えていましたが、実際に来てみると英語もわからず大変でした。 授業の進むスピードも速いし、物事の進め方も全然違って最初はショックを受けました。しかしこの経験が後に世銀で働く際に役に立ちました。特に違う国同士の人とどうやって上手くやっていくか、という事を留学中にいろいろもまれたお陰で今はだいぶ楽になっています。

留学中にしておいた方が良いことは、出来る限り外国人の友達を作る事です。友人と遊んだり話をするうちにコミュニケーションの取り方なども徐々に分かってくるので、友達を作るのはとても大切です。これが後に就職した時に、抵抗無く外国人と仕事が出来るということに繋がっていくのではないでしょうか。


・国際機関で働く上での留学の意義

先ほど話したように世銀はただお金を貸すだけではなく様々なアドバイスをする機関なので、開発に必要とされる各分野における専門知識はとても重要です。留学は開発の仕事をする上で必要な知識、専門性を得るにはとても良い機会です。日本国内でも専門知識を身に付ける事は出来ますが、実務レベルで英語を使えるようになるにはやはり海外経験が要求されます。もし将来国際機関で働きたいと考えているならば、まずはしっかりとした専門性を身につけて欲しいですし、その上で留学という海外経験をうまく使ってくれればと思います。

座論 2014年7月
文責:伊奈、西原、林