第四回インタビュー: 防衛駐在官 山本一等陸佐、山下二等陸佐

本インタビューでは、陸上自衛隊山本一等陸佐、山下二等陸佐にお話を伺った。両自衛官は防衛の専門家として様々な方面から国防に携わってこられ、現在は在米国日本国大使館で防衛駐在官としてお仕事をされている。本インタビューでは、両自衛官のご経験、防衛駐在官の職務、そして自衛官としての国防に対する思いを伺い、また、在米国日本国大使館でお仕事をされている経験から、留学中の日本人学生へ向けてメッセージをいただいた。

Qお二人のご経歴についてですが、具体的には何をなさっていましたか。

A (山本一等陸佐)

私は防衛大学校ではなく、大阪大学工学部を卒業しました。そこでは卒業後企業に就職する人が多く、企業側からの募集と生徒のマッチングをするためのアンケートがよく行われていました。大学院に進むつもりでしたが、そのアンケートに答えている内に今しかできないことをしようと考えるようになり、戦車部隊の指揮官になろうと思いました。

一般大学から試験を受ける場合は、その時点で陸・海・空自衛隊で分かれており、陸上自衛隊を選びました。その後陸上自衛隊幹部候補生学校に入り、陸上自衛隊の中で戦車を扱っている機甲科に指定されました。機甲科は主に戦車部隊と偵察部隊を所掌していて、30歳手前までそこで活動していました。その後、東京にある陸上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程に入りましたが、本課程修了後は仕事の幅が広くなる分、戦車部隊にはなかなか戻れなくなりました。指揮幕僚課程修了後、札幌に戻りましたが、そこでは戦車部隊ではなく、地方協力本部という隊員の募集や自衛隊を退職する者の再就職支援、予備自衛官の管理などを行っている機関でPRの仕事をしました。学生の体験のサポートから就職セミナーでの展示ブースの開設・運営、隊員が事故を起こした際の報道対応などを行っていました。その後外務省の安全保障政策課への出向を経て、陸上幕僚監部の防衛課編成班に配置されました。編成班というのは、全陸上自衛隊員約15万人でどのような部隊を作りどこに配置するかなどを考える部署です。権限が大きくやりがいがある分、忙しい仕事でした。その仕事をしている時に海外の防衛駐在官の希望調査があり、ワシントンDCへ来ることになりました。ワシントンDCへ来る前に、ローマにあるNATO国防大学で半年間勉強する貴重な機会を得ました。様々な国の方やNATOと関係のある機関から来た方と日々議論することができ、防衛駐在官として勤務するための良い経験になりました。

(山下二等陸佐)

防衛大学校を卒業、陸上自衛隊幹部候補生学校を出ました。その後、職種に分かれる中で、陸上自衛隊の中でも後方支援として食料や物資を運ぶ、輸送という職種を選びました。それから30人程の小隊のリーダーや、更にその小隊がいくつか集まってできる中隊のリーダーを経験していきました。輸送の中で約10年活動しました。その後職種を超えた総合職の仕事に就くための試験に30代前半で合格し、陸上自衛隊幹部学校へ行きました。

卒業後はそれまでの輸送と全く違う仕事をすることになりました。例えば防衛省の広報部門で「MAMOR」という雑誌を2年間作ったり、陸上幕僚監部のスタッフをしたりしていました。今はワシントンDCに来て2年4か月くらいになります。

Q入隊した当時との自衛官という仕事に対する思いの変化はありましたか?

A(山本一等陸佐)

先述のとおり戦車部隊の指揮官になりたくて陸上自衛隊へ入隊し、希望通り戦車部隊に所属することができました。戦車というのはいわゆる歩兵と共に第一線で活動するに当たって様々な部隊との連携が不可欠です。その連携が上手く機能しなければ、作戦は成功しないでしょう。入隊当時と比べ、階級が上がるごとに単純には物事を考えられなくなりました。というのも入隊当初は、戦車部隊の役割に集中していましたが、階級が上がるに従い、様々な部隊、さらには地方自治体や関係省庁との繋がりをより意識するようになったからです。第一線部隊の成功にはたくさんの人たちとの連携と協力が必要なのです。

(山下二等陸佐)

私が自衛隊に入隊した理由は、元々、国連や海外青年協力隊などの国際的な仕事に興味がある中で、自衛隊も一つの手段ではないかと考えたからです。しかし、何年も自衛官として過ごすうちに自衛隊という仕事をやり抜くことが今や目的となり、その中で国際的な仕事に携わることが一つの手段と思うようになりました。

Q 防衛駐在官という仕事は具体的にどのようなことをしているのでしょうか?

A(山本一等陸佐)

防衛駐在官の仕事は、日米両軍の対話が円滑に進む為、いわばメンテナンスを行いよりよくする役割を担っています。具体的にはアメリカ合衆国の軍政府関係の情報を収集し、または日本の情報を発信するということです。特にアメリカの政府や軍の関係者との会合、会談などを通して、情報収集、情報発信をしています。しかし、軍政府関係者だけでなく、日米両国民に対しての情報発信も重要な仕事であり、日米関係の良好な関係を築くには必要不可欠です。

(山下二等陸佐)

私たち防衛駐在官は、大使館の中でも特殊な存在です。大使館に赴任するに当たって、私たちは一度、防衛省を退職するかたちで外務省の外交官として、こちらの在米国日本国大使館に赴任しています。他方で、他の外交官とは違って防衛駐在官は、米陸軍に認証を受けた特別な地位と権限を持ち、米軍と自衛隊の関係強化と情報収集に努めています。

Q 自衛官としての意識に関する質問ですが、個人としての思いと国家の利益のために働く上での葛藤などはありましたか?

A (山本一等陸佐)

私は、特にありませんでした。日本が良い状態であるというのは、自分や家族、友人の幸せに繋がると思っています。安全保障条約等に関して、批判が出ることもありますが、批判が出るというのはまともな国であるということですし、様々な意見が出るのは当然だと思っています。むしろ、自衛隊の駐屯地などがある場所は例外かもしれませんが、安全保障や外交に関心を持っている人は少なく、普段生活する上で日米関係を気にするということは稀なので、議論が盛り上がることはありがたいことかもしれません。ただ、東日本大震災の際には、自分の家族も被災しているという状況で、家族を置いて仕事に行くということに葛藤があった自衛官もいたと思います。そのような状況でもほとんどの自衛官が仕事に出て来てくれました。

(山下二等陸佐)

私が入隊した当時と今では、自衛隊そのものが劇的に変わりました。それに伴って、自衛官の葛藤の仕方も大きく変わったように思えます。冷戦時代の自衛隊の大きな役割は、十分に訓練をした状態で存在することそのもので紛争を未然に防止することでした。それはまるで、練習はするけれども試合にはでられないスポーツチームのようなものでした。自衛官にとって活躍する場がないことは平和を意味しているわけですから、当時はそれが幸せとして引退する葛藤があったわけです。ところが今は、国内外で自衛隊の活動の場が多様化、拡大の一途をたどっています。存在するだけでは、平和が保てない時代になったのかもしれません。したがって、現在の自衛官の葛藤は、失敗が許されない様々な実践に自らが晒されるということではないでしょうか?

Q 一般国民と防衛の専門家の意識の違いを埋めるためにどのようなアプローチが必要だとお考えですか?

A (山本一等陸佐)

日本でも自衛官がしていることをPRすることが重要だと感じます。ただ、母親の立場になって考えると、身の危険を伴うなか子供をわざわざ自衛官にしたいとは思えないという気持ちもわかります。それは自衛隊が本質的に持っているものでしょう。自衛官を志す方は、自衛官というものは、身の危険を顧みず、専心職務の遂行に努めるものだということを理解した上で、入隊してくれればと思います。一般国民が毎日安全保障のことを考えないといけない状況は不安です。そのような不安を感じないということが日本にとっては幸せなことなのだと思います。

(山下二等陸佐)

自衛隊に対する理解と協力を得る広報、そして、自衛隊が何をしていて、なぜ必要なのかを教える教育が重要です。一番まずい状態は無関心である一方、急に問題が起きたときにパニックになるということです。ですので、教育と広報は絶え間なく必要です。

(山本一等陸佐)

自衛隊に関して関心を持ち、知るということは正しい批判にもつながると思います。ですので、まずはきちんと自衛隊に関して知ってもらいたいと思います。

Q日本人留学生に向けて一言お願いします。

A (山本一等陸佐)

全力で頑張ってください。いい機会だと思うので遊びも勉強も全力でやって損はないと思います。若いうちはそれだけの体力がありますから。

みなさんも分かっているように英語はツールでしかありません。アメリカにいることで、日本についての自らの思いを考える機会が増えると思います。また、アメリカのみならずいろんな国の人の考えや背景をどんどん吸収できると思うので、貪欲に全力で前向きにいてください。忙しくて辛いことも出てくるかもしれませんが、前向きでいれば乗り越えられます。そして非常に良い場所、良い時期に良い機会を持っていると思うので繰り返しになりますが、全力で頑張ってください。

(山下二等陸佐)

自分の学部や学科のものでいいと思うので、日本人の少ないグループに入って頑張ることがいいのではないでしょうか。ワシントンDCの職場にはいろいろな国の人が集まっているグループがあり、そこを率いているのはイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、ドイツ、カナダの人たちが多いです。そこで日本人でも頑張ることが自分のためになると思っています。そういったことを皆さんがすることは、留学しながら外交をしている、つまり国の地位を高めているのと一緒です。余裕があれば挑戦してみてください。

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第三回インタビュー: 世界銀行 馬渕俊介氏

世界銀行 馬渕俊介氏 インタビュー

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 本インタビューでは、JICA、マッキンゼーを経て世界銀行に勤務されている馬渕俊介氏にお話を伺った。馬渕氏は現在多くの政府、国際機関が最優先・最重要事項としているエボラ出血熱の、世界銀行内の対策チームリーダーとして「世界規模」の課題に取り組まれている。
 馬渕氏は学生時代に文化人類学に出会ったことが、自分のキャリアを考える上での分岐点になったという。旅行などを通じアジア、アフリカ、中米の現地の人々の生活、文化に触れることで、日本人として将来開発に関わるというビジョンが明確になったと馬渕氏は語る。
 本インタビューでは馬渕氏の経歴の中でも、特に日本人学生の関心が高いコンサルティング業界について、そしてエボラ出血熱に対する世界銀行の取り組みの最先端について伺った。最後には日本人留学生に向けてメッセージを頂いた。

1 コンサルタントは問題解決屋さん

・コンサルタントというキャリア 

Q. コンサルタントとはどのようなビジネスですか?

簡単に言えば、経営コンサルタントは問題解決屋さんでしょうか。クライアント会社が経営課題を抱えているときに、課題の特定、根本原因の深堀り、解決オプションの分析・実行などを通じて、意思決定のサポートや改革の推進などを行います。コンサルティングファームに仕事を依頼してくる企業は、、成長過程にあり、さらに成長するために新しいビジネス領域の開拓をしている企業から、業績のV字回復を目指す企業まで様々ですが、共通しているのは、その会社が抜本的な変革期にあることです。。このように「問題解決」をサポートして生計を立てるわけですから、ビジネスとしてお金をバリバリ稼ぎたいというよりも社会問題に関心のある人が多かったですね。マッキンゼーは、問題解決が好きな人、公共マインドを持っている人が集まっているという印象でした。

Q. コンサルティングファームで働くことで得られるスキルは何だと思いますか?

一般に「問題解決能力」と言われると思いますが、問題解決能力といっても、イコール分析力というわけではありません。コンサルティングの依頼は、ある問題に白黒つけてくださいというものだけでなく、一緒に解いて結果を出してくださいという形のものも多いです。前者は分析力や分析から意味合いを抽出する力、コミュニケーション力などがものをいいますが、後者では、突破力―物事をうまく動かすために状況を読んで動かす力や常に先を読んで動く力、逆境の中でもめげない精神力―など、結果をだすための力を身につけることができると思います。例えば、私がマッキンゼーにいたときに経験したオーストリアの鉱山事業の案件では、まさに分析から実際の問題を突破するところまで経験しました。クライアントが新興の企業だったので、長い採掘・加工・発送工程の中で、どの工程の効率が一番悪いか誰もわかっておらず、各部長がお互いを責め合っているような状況でした。そこで、各工程の生産能力を定量化・可視化して、生産目標を妨げている原因を分析し、各部門・現場に責任を落として解決していきました。また、現場マネージャーとは鉱山オペレーションが始まる朝4時前から行動をともにして、効率的なミーティング方法を話し合ったり、マネージャーが信頼を得られるよう、ディレクターの前でマネージャーが輝ける機会を提供したりしました。実際に現場のトラックや掘削機に毎日のように乗りながら作業の効率性やオペレーション上の課題を把握したり、現場のワーカーとの議論も重ねました。経営コンサルタントは、現場の最前線から経営トップまでの間をダイナミックに動き回るので、現場の知見を経営判断に生かすスタイルも、身につけられるように思います。
    

・コンサルに関心のある学生に向けて。

コンサルを目指す学生さんは、考え方の訓練をするといいと思います。問題を特定、構造化して分析を深めるプロセスは特殊はスキルなので、コンサルティング業界に入りたいと思うのであれば、ある程度訓練すると助けにはなると思います。ただ、個人的には、経営コンサルティングが天職になるごく少数の人を除いて、コンサルティング会社に入ることが目的にはなってはいけないと思います。コンサルティング会社は他にやりたいことを成し遂げるために修行をする道場として使わせてもらうのがいいんじゃないでしょうか。自分の仕事人生をどうしたいのか、というビジョンを持たないままコンサルティングの仕事をするのはもったいないと感じます。実際に、自分の仕事人生に関するしっかりとしたビジョンをもっている人は、コンサルティング会社を卒業したあとに、そのスキルを生かしながら、とても面白い仕事をしています。私の場合も、国際開発の業界を変えるために必要なスキルを身につけることを目指してコンサルティング会社の門をたたきました。自分がやりたいことを自分で切り拓くことが、キャリアを考える上で重要だと思います。
    
2 世界銀行でのお仕事について:エボラ対策チーム

Q. エボラ対策チームのリーダーになった経緯を教えてください。

愛娘が生まれて、今後1ヶ月は子育てに専念しようかと思っていた時に、モルジブで休暇中のはずの上司から突然電話がかかってきました。その電話口でエボラのプロジェクトリーダーを依頼され、承諾しました。そのまま上司は休暇を取りやめて帰国し、二人三脚の怒涛の日々が始まりました。私よりもはるかに経験豊富なスタッフがほとんどな中で、私を最重要な仕事のリーダーとして選んでくれたのは、リベリアやシリアレオネの仕事を担当していて内情に詳しく、また過去にナイジェリアでポリオのプロジェクトのチームリーダーとして、緊急の仕事を記録的なスピードで早期解決させたことがあったからだと思います。このようなバックグラウンドがあったため、今回のエボラのように圧倒的なスピードが求められるプロジェクトをリードするのに適した人材としてみてもらえたのだと思います。

Q. 世銀のエボラ対策チームはどのような取り組みを行っているのですか?

エボラ出血熱の感染が広がっている西アフリカ三か国への緊急支援プロジェクトの企画と実施支援です。資金規模は、100億円超から始まって、3ヶ月の間に500億円まで拡大しました。エボラの感染拡大を防ぐための医療体制、予防体制の整備・拡大への資金援助をすることが私たちの役割です。資金援助では、ただ資金を提供するだけでなく、資金が感染拡大防止につながるよう、どの国のどの分野にどのようなやり方で援助をするのが最も早くて効果的か、政府や他の開発機関の情報や知恵を結集しながら決めていくのが世銀が提供できるバリューだと思っています。3か国にわたる資金供与の手続きを行うので、他のプロジェクトより大きな規模で活動しなくてはなりません。さらに、感染拡大を防ぐために、通常より早期に援助を実施しなければなりませんでした。過去に例のない特例をいくつも許してもらい、通常の5~10倍のスピードで最初の資金供与を完了することができました。大規模なプロジェクトで扱う課題も感染防止から感染拡大に伴う食糧不足への対策まで多岐にわたり、チームも100人近くに膨れ上がっていたため、最初はプロジェクト全体の進捗を把握することが困難でした。一方で一日の遅れも許されない状況で、非常に大きなプレッシャーの中での仕事でした。そのため、マッキンゼー組織のオペレーション改善に良く使っていた「ヒートマップ」を利用し、全体の進捗把握とボトルネックの迅速な発見、問題解決に努めました。それぞれのワークストリームの投資完了までのステップを書き切って可視化し、それぞれのステップの担当者を明確にして、予定通りは青、期限が迫ると黄色、期限より進捗が遅れると赤色、というように色分けをしていきました。これを毎日更新することでどこがうまくいっていないかを明確にすることができ、集中的な問題解決が可能になりました。異例のスピードでプロジェクトを進めるために、コンサルタント時代に培ったマネジメントノウハウをフル動員しました。

Q. 問題点、解決が困難な理由は何ですか?

エボラ問題の最も解決が困難なポイントはその複雑性にあると思います。保健医療サービスが未発達の国々でケースが発生してしまったために、感染者を早く発見、隔離して治療することが難しい現状にあります。また現地の人々が持っている習慣や政府サービスへの不信感といった要素も考えなければなりません。例えば、葬儀を行う際に、遺体に触れて哀悼する習慣があったり、外から来て患者の隔離や遺体処理の方法を押し付けるやり方への反発があったりします。。また、感染が首都に広がり、また地方にも拡散しているため、規模が小さなケースを想定した当初の隔離、治療モデルでは対処しきれない状況になってしまっています。コミュニティを主体とした早期発見、隔離、治療のモデルをいかに早く安全に広げていくことができるかが、解決の大きな鍵になっています。

3 留学中の君たちへ

Q. 留学中にしておいた方が良いことは何ですか?

日本社会ではできない突き抜けたことをしてほしいですね。人は経験の幅だけ成長します。大学時代は自由にいろいろなことができるとても貴重な時間なので、キャリアだけを単線的に考えるのではなくとにかく自分の器を広げることを意識した方がよいと思います。そうすることで他の人たちと違う「自分」というものが創られていきます。若いときの突き抜けた経験は、将来必ず自分の糧になり、個性になります。その個性こそが後になってとても重要になります。

Q. グローバル人材とはどのような人だと思われますか?

欧米的な仕事のやり方でも欧米人に勝てることは重要です。一方で、欧米と違う世界の多様な文化の中で自然と受け入れられ、愛されるスキルや性格を持つこともとても重要だと思います。その点、日本人であることはすごい強みになり得ます。責任感の強さ、仕事のきめ細かさ、相手の立場に立って同じ目線で仕事ができることなど、日本人が持っている特質は、グローバルにいい仕事をする上で大きな財産です。また、冷静さ、楽観主義なども特質の一つかもしれません。エボラの仕事は大ピンチも多く、プレッシャーもものすごいですが、そんな中でなぜいつも笑っていられるのか、冷静に仕事ができるのかわからない、と私は皆から不思議がられています。

Q. 生き方として常に意識していることは何ですか?

仕事をする相手一人ひとりの人を見て、その人たちの状況や想いを感じ取りながら仕事をすることです。そうすることは、仕事をうまくすすめる上で大切なだけでなく、仕事に豊かさや喜びを与えてくれます。人の気持ちに応える仕事を重ねていくと、ピンチのときに自分に返ってきます。何かのためというよりも、それが人として大事なことだと私は考えます。

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馬渕俊介氏

東京大学教養学部を卒業後、JICAに入構。ハーバード大学ケネディースクールに留学し公共政策修士号を取得。その後外資系経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーでの勤務、ジョンズホプキンス大学での公衆衛生修士号を経て、世界銀行に入行。現在はエボラ出血熱対策チームのリーダーとしてご活躍されている。
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